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by amor1029

2004年 12月 07日 ( 3 )

電話、右脳、左脳、脳、性格、受話器、浮気調査
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なぜ左耳に受話器をあてたがるか?

電話をする時、大多数の人は左手で受話器をとって左耳に当てるという。


さて、それはなぜか?

●右手でプッシュホンを押すため。
●右手をあけて、話しながらメモをとるため。


しかし最近の脳と心の仕組みから
上記の利便性の他に意外な理由があることがわかった。

研究によると、いつも左耳に受話器を当て話をする人が反対の右耳に当てて話をすると違和感を感じるという。なぜなら、左右の耳では聞こえ方が違うからだ。それは聞こえてくる声の高低でなく、会話のニュアンスが違って聞こえてしまうからだ。


左耳で聞くと・・・

話し相手が明るい調子で話せば、明るい話題として受け取るし、暗い調子で話せば暗い話題として受け取る。大して面白くない話でも、相手がいかに面白いそうに話すと、笑えたりする。

それは左耳は右脳と結びついているからだ。右脳はイメージや空間を認知する能力を司る(つかさどる)中枢があり、また、情緒、情動にも関連しているといわれている。それで、左耳でメッセージを聞くと、声の調子、つまり情動によって判断が左右される度合いが強くなるので、相手の話し方次第で面白くない話も笑えるわけだ。


では、右耳で聞くと・・・

相手がいくら声の調子を変えても左右されず、内容そのものをストレートに受け取るので、相手が大して面白くない話をいくら面白そうに話しても、笑えない。それは右耳は左脳と結びついているからだ。

左脳は言語脳と言われていて、右耳から入ってきた情報を分析したり抽象的にとらえることができるため、相手の声の調子によって影響を受けることが少ないので、面白く語っても面白くないものは笑えないのだ。


用途に応じて聞く耳をかえよう!


左耳で聞くべきケースは?

●恋人との愛の語らい時
●友人と馬鹿話をする時

左耳で聞けば相手を思いやって話すことはできるが、感情移入し過ぎて冷静な判断がつきにくくなるので、仕事での話し合いには向かず、例えば、恋人と愛を語り合う時にむいている。そうすれば、より相手と感応しあって話もはずむ事だろう。

右耳で聞くべきケースは?

●商談者からの電話を受ける時
●別れ話を電話で切り出す時
●相手の浮気や心変わりを電話でキャッチしようとしている時

相手の話を冷静に分析して対応しなくてはならない時、商談などの場合や、相手の感情に惑わされることなく、別れ話を切り出す場合。そして相手の浮気や心変わりを察知するためにも右耳で聞こう。

今日から電話上手になろう!

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by amor1029 | 2004-12-07 19:50 | サイエンス
キリスト、イエス、キリスト出現、イエス出現
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今回は11月30日、
歯科のレントゲン写真に現れました。

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これってキリストでしょうか? ↓

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(first coast newsより)

アリゾナの歯科に定期歯科検診に訪れた患者の歯のレントゲン写真にキリストが現れたという。患者は自称、敬虔な(けいけんな)クリスチャンだそうだ。ちなみに検診結果は「問題無し」このレントゲン写真・・・キリストに見えますかね。(・_・?)、日本だったらレントゲンに写る霊となるのでしょうけど。


2002年1月には裏庭の樹に現れる

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(channel3000より)

2002年の1月、ミルウォーキーのエラさん(63)は彼女の裏庭の樹に小さな子供を抱くイエスのイメージを発見しました。それ以来、隣人、見知らぬ人およびリポーターはこの奇跡を見るために彼女の裏庭へ集まったそうです。しかし信心が足らぬ数人は、初めのうちは樹の中のイエスを見ることができませんが、何度か通ううちに、ほとんどの人々が見る事ができたそうですよ。

信心の足りない私にも見える!!Σ(^∇^;)


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1996年応急バンド付着した血で現れる。

ちょっとカーリーヘアーのキリストなのでしょうか?


過去のキリストのイメージ出現の報告

●1978年には、ニューメキシコでトルティーヤに現れる。
●1981年には、カリフォルニアのガレージ・ドアに現れる。
●1987年には、シカゴの近くのレーンの上に現れる。
●1989年には、ヒューストンで家の中でトップのテーブルの影で現れる。
●1991年には、アトランタでピザハット・ビルボードの中に現れる。
●1992年には、クロス上のイエスのイメージが別の木に現れる。

これはあくまでもキリストが現れたとの報告の一部ですが、結構、あちらこちらにでていらっしゃるのですね。1978年のニューメキシコのトルティーヤにどんな風に現れたのか見てみたかった。先日のチーズトーストのマリア様のような感じなのでしょうか?しかし、お釈迦さまのイメージはでてこないですね・・・。

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by amor1029 | 2004-12-07 17:44 | 神秘・オカルト・心霊
愛、恋愛、名詞、動詞、尽くす、人生
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愛は動詞です

愛に関する大きな誤解は、愛を獲得したり、交換したり、消えたり、失ったり、奪ったりする「もの」-「名詞」として扱っていることにあります。さらに言えば、「気分」だと思ってしまっていることであります。

愛が気分だと思っているかぎり、確かにそれは時間の問題で、いずれ消え去るものでしょう。相手の反応ひとつで、失ったり、奪われたりするものでしょう。

依存的、つまり、人生が自分に何を与えてくれるのかを待ち、人生が自分に与えるかもしれない害から自分を守ることに精一杯の人にとっては、確かに、愛は相手のまかせの「気分」です。

けれども、自立している人、つまり、自分で自分の人生を選択していこうとする人にとっては、愛は「動詞」です。そこでの「愛」とは、自分から働きかけるものであり、かえりみることなく与え続けることです。

(愛するための本より)


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by amor1029 | 2004-12-07 10:41 | 愛の詩と癒しの言葉