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by amor1029
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★【無実の証拠記録あり】:東電OL殺人で別人DNA型検出 東京高裁、再審請求審 

★【【無実の証拠記録あり】】:「東電OL殺人で別人DNA型検出 東京高裁、再審請求審」被害者の体から採取された精液を鑑定、別の男性のDNA型が検出・・・詳細は「知識の泉 Haru's トリビア」をご覧下さい!!/キーワード:東電OL殺人事件, 東電OL殺人事, 冤罪事件, 冤罪事件 外人


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東電OL殺人で
別人DNA型検出
東京高裁、再審請求審 

2011.7.20
excite

1997年に起きた東京電力女性社員殺害事件の強盗殺人罪で無期懲役が確定したネパール人のゴビンダ・プラサド・マイナリ受刑者(44)の東京高裁の再審請求審で、被害者の体から採取された精液を鑑定したところ、別の男性のDNA型が検出され、殺害現場に落ちていた体毛の1本と一致したことが21日、関係者への取材で分かった。(共同通信)





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あの日あの時
東電OL殺人事件 

2009.3.19
読売新聞
 
東電OL事件は覚えている方も少なくないだろう。3月20日の朝刊社会面に4段見出しの記事が掲載されている。

19日午後5時55分ごろ、東京都渋谷区円山町16のアパート「喜寿荘」101号室で女性が倒れているのを男性が発見、110番通報した。警視庁捜査1課と渋谷署で調べたところ、女性は今月初めから行方不明だった杉並区永福の東京電力社員の女性(39)で、すでに死亡していた。首に絞められた跡があり、同課は殺人事件と断定、同署に特捜本部を設置した。

調べによると、女性は6畳間でコートを着たままあおむけになって死んでいた。死後3日以上たっており、死因は窒息死とみられる。玄関のカギは開いていたが、着衣の乱れや争った跡はなかった。遺体の近くに置かれた手提げバッグに入れたあった財布には小銭だけが残っていた。女性は独身で、東京電力本社企画部経済調査室の副長。数少ない女性管理職のひとりだった。

大都会では殺人事件は決して珍しくない。警視庁捜査1課の特捜本部も年間20件以上。ほとんど世間の関心を集めずに埋もれてしまう事件だって多い。この事件も、当初はさほど注目を集めてはいなかった。

しかし、ある時からガラリと様相が変わってくる。被害者の女性の私生活を、週刊誌やワイドショーが暴き始めたのである。

女性は昼と夜と、別の顔を持っていた。昼間は経済アナリスト。夜は円山町界隈に出没し、売春を重ねていた。その落差にマスコミが食らいついたのである。

彼女と関係をもったという男たちもインタビューに応じ、個人のプライバシーは白日の下にさらけ出された。被害者の名誉を踏みにじる報道の荒波にもまれて、家族は家を去るしかなかった。

新聞は違う、とは言わない。偽善を装うつもりもない。当時警視庁のキャップだった私は、彼女のプライバシーを記事にすることだけは控えた。責められるべきは殺人者の側であって、被害者ではない。

誰しも人に言えないことのひとつやふたつは抱えているものだ。それをおもしろおかしく、これでもかというほどに暴き出していく必要があるのだろうか。

さて、警察は現場に残された体液のDNA鑑定から、ネパール人の容疑者を強盗殺人容疑で逮捕した。しかし、男は否認を通し、東京地裁は2000年4月14日、「疑わしきは被告人の利益に、という刑事裁判の鉄則に従うしかない」として無罪判決を言い渡した。東京高裁は一転、無期懲役とし、2003年10月、最高裁で上告が棄却され、刑が確定した。






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東電OL事件無実のゴビンダさんを支える会
 

a0028694_9205259.gif発端

1997年3月19日午後5時過ぎ、東京都渋谷区円山町の木造2階建てアパートK荘1階西側の101号室で、女性の死体が発見されました。第一発見者はこのアパートの管理を任されていたMさん。101号室は当時空室で、Mさんはその前日の18日にも、101号室で女性が横たわっているのを見ていますが、誰かが勝手に入り込んで寝ていると思いこみ、それ以上確かめずに放置していました。しかし、その時、部屋の鍵がかけられていなかったことを確認し、自分が鍵をかけた、と証言しています。

その翌日、やはり気になって再度101号室をのぞき、同じ位置に女性が横たわったままなのを見て不審に思い、警察に通報したものです。遺体の身元は、当時39歳の会社員であることがすぐに判明します。死因は絞殺か扼殺か判然としませんが、他殺であることは疑いない状況でした。遺体の頭の付近には被害者のものと思われるショルダーバッグが口を開けたまま放置され、このショルダーバッグは取っ手部分がちぎれていました。さらに、この部屋の水洗式トイレの便漕の中には、使用済みのコンドームが1個、放置されていました。

被害者のYさんは、3月8日の夜、帰宅せず、それ以降行方がわからなくなっており、犯行は8日の深夜と考えられます。Yさんは会社の勤務が終わった後、渋谷の道玄坂や円山町付近で数年前から売春をしていたことがわかりました。


a0028694_9205259.gifゴビンダさんの逮捕

K荘に隣接するHビルに住んでいたネパール人労働者、ゴビンダ・プラサド・マイナリさん(当時30歳)は、警察が捜査を開始した19日の夜、仕事から帰宅したところ捜査員に声をかけられました。ビザの期限が切れており、資格外労働をしていたゴビンダさんは、入管難民法違反で逮捕されることを恐れ、同室に居住していた他の数名のネパール人の友人とともに、翌日からしばらく自分の居室に戻ることやめます。

しかし、隣のアパートで殺人事件がおきたことを知り、自分が疑いをかけらていると聞いて、3月22日、自ら警察に出頭します。ゴビンダさんは公判廷での弁護人からの質問に答えて「入管難民法違反など、殺人罪で疑われることに較べたらなんでもない。

身の潔白を証明するために自分で出頭した」と説明しています。警察がゴビンダさんを疑ったのは、第一発見者でK荘の管理をしていたMさんが、101号室の鍵をゴビンダさんに貸していたことがあると話したからでした。

ゴビンダさんは3月23日、入管難民法違反で逮捕されます。しかし取り調べはもっぱらYさんに対する強盗殺人容疑でした。ゴビンダさんは一貫してこの事件への関与を否定しました。5月20日、入管難民法違反で、東京地裁が懲役1年執行猶予3年の判決を言い渡します。と同時に、警察はゴビンダさんを強盗殺人容疑で再逮捕しました。6月10日同容疑で起訴されます。


a0028694_9205259.gif犯行とゴビンダさんを結びつける証拠の不在

この事件では、ゴビンダさんと犯行を結びつける直接証拠は一切存在せず、自供もありません。したがって検察側は、状況証拠によってのみゴビンダさんの有罪を立証せざるを得ない立場におかれました。検察側が有罪根拠としたのは以下のような点でした。

(1)K荘101号室のトイレの中から発見されたコンドーム内の精液のDNA型が、ゴビンダさんのものと一致した。

(2)ゴビンダさんが101号室の鍵を管理人から借りていたことがあり、それを返却したのは事件後の3月10日であり、事件当時101号室に出入りできたのはゴビンダさんだけである。

(3)事件当夜の午後11時半前後に、被害者と見られる女性と「東南アジア風」の男性が101号室に通じるK荘西側の短い階段を上がっていくのを見た、という目撃証言があり、その時刻までにゴビンダさんは勤め先から事件現場まで戻ってきていることが可能であった。


これらの状況証拠は、いずれもゴビンダさんと犯行を直接結びつけるものではありませんが、さらに検察の主張を検証してみると、いずれも有罪根拠とならないばかりか、逆にゴビンダさんの無実をこそ示す物であることがわかります。



a0028694_9205259.gif(1)現場に残されたコンドームはいつのものか?

ゴビンダさんは、2月末から3月始め頃にYさんの買春客となり、101号室で性的関係をもったことを認めています。したがって、現場のトイレに放置されていたコンドーム内のゴビンダさんとDNA型が一致する精液の存在は、その時のものであると主張しています。

コンドームが採取されたのは死体発見時(3月19日)ですので、それが捨てられてから何日経過したものであるのかが重要な争点となりました。事件当日(3月8日深夜)に捨てられたものなら、発見までに約10日経過していることになり、ゴビンダさんの主張通りなら、約20日以上経過している筈です。

この事件では、コンドームが破棄されてからの経過時間について、裁判所による正式な鑑定はなされていません。かわりに警察が依頼した帝京大学の押尾茂氏による鑑定意見書が提出されただけです。この鑑定結果は、コンドーム内の精液の劣化状態から見て、明らかに20日以上が経過していることを示すものでした。

しかし、押尾氏はトイレの水が汚れていたので、清潔な水を使用した自分の実験よりも精液の劣化が急速に進んだと考えても矛盾はないとして、強引に10日前に捨てられたという検察側主張に沿う意見書を提出しました。より詳細は、ゴビンダさんの無実を示す状況証拠 を参照。
およそ科学者とは思えないこうした牽強付会で非科学的な「鑑定意見」は当然ながら第一審では採用されず、東京地裁が2000年4月14日に言い渡した無罪判決の中でも、その主張は退けられています。


a0028694_9205259.gif(2)鍵の返却時期と、誰でも入ることができた101号室

ゴビンダさんは、空室であったK荘101号室を借りる予定で、Mさんから鍵を預かっていたことがあります。しかし事件前の3月6日に、同居人のCさんに頼んで、自分たちが住んでいたHビルの家賃といっしょに鍵をMさんに返却していました。

警察はCさんを入管難民法違反で逮捕し、暴行・脅迫や利益誘導を行い、無理矢理「3月6日に返却したというのは嘘だ。ゴビンダさんに頼まれて口裏を合わせた」という供述を引き出し、鍵の返却は事件後の10日であり、事件当日にはゴビンダさんが101号室の鍵を所持していた、と主張しました。

しかに後に、Cさんは証拠保全のための証言において、これらの証言が警察による違法な取り調べによって無理に引き出されたこと。鍵は間違いなく3月6日に返却したことを証言しています。

また、そもそも遺体発見時に101号室の鍵がかかっていなかったことは判然としており、仮に鍵の返却が10日であったとしても、事件当夜は鍵のかかっていない101号室は事実上、誰でも入ることが可能だったのです。

被害者は2月末にゴビンダさんと101号室を使用したことがあり、この部屋が空室であることを知っていました。売春のために無料で利用できる場所として彼女がここを他の客と使用した可能性は十分にありえます。


a0028694_9205259.gif(3)警察に誘導された目撃証言

事件当夜、K荘に入っていく男女を見た、という目撃証言があります。S田さんという学生で、K荘の半地下にある居酒屋にいた父親を迎えに来て、K荘前の路上にクルマを止め、近くのコンビニでガムを買ってからクルマのそばで父親を待っている時、一組の男女がK荘101号室に通じる階段を登っていくのを見たというものです。女性の方は、特徴的な容姿から被害者のYさんにほぼ間違いないと思われます。

S田さんは事件発覚2日後の3月21日に、警察にその目撃証言を話していますが、男性の方はよく見ていなかったと述べています。(公判での証言)しかし、2ヶ月もたって、ゴビンダさんが逮捕された後になって、取調中のゴビンダさんを見せた上で、初めて調書をとっています。その調書に初めて「東南アジア風の男」だったという記述があらわれます。警察による誘導が濃厚にうかがわれるものです。

目撃時間についても曖昧で、確認できるのはガムを買った時刻が午後11時14分であることがコンビニのレジ記録から分かるだけです。そこから類推していくと、目撃時刻は11時30分より以前である可能性が強く、その時刻ではゴビンダさんが現場に到達できる可能性はなくなります。

したがって警察はできるだけ目撃時刻を後にずらそうとしていますが、K荘2階の住人が、遅くとも11時45分までに神泉駅の公衆電話を使用するために外出した際、S田さんやそのクルマを見ていないという事実からも、目撃証言が11時50分頃であるとする検察の主張は無理があります。S田さんが目撃した男性がゴビンダさんであるという根拠はまったく存在しません。


072.gif道理にかなった一審判決072.gif

検察側が有罪の根拠と主張した「状況証拠」はすべてこのようにはなはだおぼつかないものであっただけでなく、被害者の定期入れがゴビンダさんにはまったく土地勘のない巣鴨5丁目(都電荒川線、新庚申塚駅付近)の民家の庭から発見されたことも、ゴビンダさんが犯人だとすると説明がつかない事実です。また、現場には使用済みコンドームは放置されていたのに、コンドームのパッケージは見つかっていません。

おそらく真犯人が持ち去ったと考えられますが、パッケージさえ持ち去り、被害者から金品を奪う際も、現金だけを抜き、サイフなど証拠になるものは盗らなかったほど慎重な犯人が、もっとも危険な物証である使用済みコンドームだけを現場に残していくなどということはとうてい考えることができません。2000年4月14日の東京地裁判決(大渕敏和裁判長)は、こうした証拠を十分に検討した結果として以下のように判示し、無罪判決を言い渡しました。

「これらの各事実を総合したとしても、一点の疑念も抱かせることなく被告人の有罪性を明らかにするものでもなく、各事実のいずれを取り上げても反対解釈の余地が依然残っており、被告人の有罪性を認定するには不十分なものであるといわざるを得ない。

そして、その一方で、被告人以外の者が犯行時に101号室内に存在した可能性が払拭しきれない上、被告人が犯人だとすると矛盾したり合理的に説明が付けられない事実も多数存在しており、いわば被告人の無罪方向に働く事実も存在しているのであるから、被告人を本件犯人と認めるには、なお、合理的な疑問を差し挟む余地が残されているといわざるを得ないのであり、そうすると、『疑わしきは被告人の利益に』との刑事裁判の鉄則に従って判断するのが相当である」



072.gif「はじめに有罪ありき」の東京高裁判決072.gif

ところが、一審判決からわずか8ヶ月後の2000年12月22日、実質4ヶ月ほどの審理を経て、東京高裁(高木俊夫裁判長)はまったく何の道理も新証拠もなく、3年を費やして慎重に審理した一審判決を破棄し、逆転有罪・無期懲役刑を言い渡しました。

a0028694_9205259.gif(1)コンドーム内精液の経過時間

まったく非科学的で何事も立証していない押田鑑定の恣意的な結論を何の根拠も示さないまま援用し、コンドームが捨てられたのが事件当日であったとしても矛盾しないと判示。

a0028694_9205259.gif(2)鍵の返却時期

いつ鍵を返却してもらったのかについて記憶が曖昧であることを認め、供述も変遷し、警察の誘導に従って10日に返却されたと供述したことを否定していない管理人Mさんの証言を採用し、他方、6日に自分が返却したと明確な記憶をもって証言しているCさんの証言をこれまた理由もなく信用できないと決めつけただけの判決です。

a0028694_9205259.gif(3)巣鴨5丁目の定期入れ

一審判決で、ゴビンダさんが犯人だと考えるには合理的疑いを生じさせると指摘された定期入れの発見場所の不自然さについては、この問題が未解決であることを認めながら「これが明らかでないからといって、それゆえに被告人と本件との結び付きが疑わしいということにならないことは、本件証拠に照らして見易い道理である」としています。

本件証拠とは何を指すのかも示さず、見易い道理などという空虚なレトリックだけで合理的疑いに目をつぶり、無罪の積極証拠ではないということを有罪根拠にするという、およそ刑事裁判のイロハさえわきまえておらず、論理の体をなしていない判決と言わざるを得ません。

高木俊夫裁判長は、無罪判決を受けたゴビンダさんの再勾留に最初にお墨付きを与えた判事であり、審理を開始する前から有罪の予断をもっていたとしか考えられません。


072.gif再審無罪に向けて072.gif

このひどい高裁判決をそのまま無批判に踏襲した最高裁第三小法廷判決(藤田宙靖裁判長)は、論評するにも値しないものです。ゴビンダさんは、2003年10月に無期懲役刑が確定し、現在、横浜刑務所に服役中ですが、再審による無罪獲得をあくまでも願い、無実を訴え続けています。

弁護団は2005年3月24日、東京高裁第4刑事部(仙波厚裁判長)に再審請求を提出しました。無実のゴビンダさんを支える会は、ゴビンダさんとご家族を支え、弁護団の再審のための活動をサポートし、一日も早くゴビンダさんの冤罪が晴れ、ネパールのご家族のもとに帰れる日が実現することを願って活動しています。

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参照ー無実のゴビンダさんを支える会 






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『東電OL殺人事件』著者 
表題の“東電”
外すよう工作された 

2011.6.25
週刊ポスト2011年7月1日号
 
ノンフィクション作家・佐野眞一氏が東日本大震災のルポルタージュ『津波と原発』を上梓した。数多の被災地や事故現場を取材してきた佐野氏が、東北を歩くなかで感じたこと、そして東電の隠蔽体質について語った。
 
実は震災を取材するなかで、特に福島を歩く俺の脳裏から離れなかったのが、かつて『東電OL殺人事件』(2000年)に書いた渡辺泰子のことだった。慶応から東電に入り、通産大臣の渡辺美智雄ら政界との連絡役も務めた泰子は、娼婦として街角に立つ夜の顔を持ち、そして殺された。

当時、俺はせめて表題から“東電”の二文字を外させようとする広報担当者からやけに豪奢な鯛釣り旅行に誘われたり、慇懃で狡猾な懐柔工作の標的になったから、その隠蔽体質はイヤになるほど肌で痛感しているけどね。

隠蔽体質の最たるものは泰子が夜の商売をしていることを、東電の連中がみんな知っていたことだよ。それでいて社員が身体を売っているなんて認めるわけにいかないから処分するでもなく、ロクに寝てないから会議中にウトウトする泰子を、同僚はみんなでバカにして笑っていた。どれだけ陰険な会社かわかるだろ。

つまり今回露呈した東電の隠蔽体質は昨日今日始まった話じゃない。底意地が悪くてどこか他人事な無責任体質の化けの皮が、多少剥がれたってだけなんだ。








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「東電OL殺人事件」の被害者は
反原発のために消された?! 

2011.6.28
matomech

東京電力東京本店企画部経済調査室副長、渡邊泰子。通産省との連絡役を務めた慶応大学卒のエリートで女性幹部。1997年渋谷円山町のボロアパートで売春婦として殺された女性の表の顔である。渡邊女史の父も東電幹部であったが在職中に病死。この父娘の死には原発の影がつきまとうという。

渡邊女史の父は東電公務部統括する幹部だったが、当時「明るい未来のエネルギー」として期待されていた原発事業にも関わる立ち場にいた。しかし高圧の地中送電線を東京都内に引く責任者を務めてからは反原発に転じ、社内で原発の危険性を説くようになり副部長という役職からたった1年で降格。翌年ガンで急死・・。その2年後に予測されたかのようにスリーマイル事故が起る。

当時慶応2年生だった泰子を、東電に引き入れたのはあの勝俣だったという。そして泰子は勝俣が当時企画部長を務めた企画部経済室へ。そこには現在副社長を務める企画管理課長藤原氏もいる花形部署だった。しかし勝俣、藤原の思いとは裏腹に泰子は父の意思を継ぎ、反原発へ。そのリポートは賞を取る程すぐれたものだったという。

そして・・渡邊親子が警告を発し続けたプルサーマルが本格稼働した1997年、泰子は売春婦として殺され闇に葬られた。そして泰子の死の翌年、勝俣は常務取締役になり原発推進事業が加速し、今に至るという。泰子を殺した犯人は売春客だったネパール人(実刑確定済み)とされているが、冤罪の可能性が高く捨てられた泰子の定期など矛盾点も多いようだ。

東電の圧力で報道規制をかける事も可能だったろうこの事件。OLではなく管理職だったにも関わらず「売春婦」として報道が垂れ流された、その理由は何なのだろうか。そして事件の真犯人、深層は・・・・。




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by amor1029 | 2011-07-21 16:06 | 冤罪・暗殺・陰謀