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by amor1029
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カテゴリ:映画・映画祭( 5 )

AV男優の知られざる現実と本音とは?AV女優7千人を相手にしてきた平本一穂氏と交わった女優は約4千人という速水健二さんに聞く…「ぶっちゃけ、9割は好みじゃない」詳細は本文を☆【キーワード】: AV男優、AV男優 ギャラ、AV男優 年収、AV男優 生き方

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AV男優の
知られざる現実と本音とは?


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a0028694_9205259.gifAV男優の知られざる現実と本音とは?

男なら、AVを見て、「あーこの男優うらやましー!」 と血流を速めることはあっても、「こんな相手とセックスするなんて大変だな」と気の毒がることは、まずないだろう。

無名なら数千人、有名どころは約70人とされる現役AV男優。そのうち20人のインタビューをまとめたドキュメンタリー映画「セックスの向こう側~AV男優という生き方」を見ると、彼らに対する認識の至らなさを思い知らされる。

「ぶっちゃけ、9割は好みじゃないです。9割以上かな」
「笑うとかわいいとか(中略)横顔もいいとか、『加算法』でやってきました」
 
そう語るのは、平本一穂さん(47)だ。調理師などを経て20歳でAV男優に。以来7千人近くを相手にしてきた。現在はAVメーカー社長と監督も兼ねる。

時代劇俳優としてのキャリアもあり、交わった女優は約4千人という速水健二さん(51)も、こう言う。

「タイプをもたないようにしたんです。この人は僕の好み、この人はちょっとイヤだと思うと、下半身に反応が出ちゃうんです」

どうやら、男優が見せる興奮のウラには、極限的なプラス思考や滅私の境地への到達など、本能とはかけ離れた工夫と努力が隠されているらしい。

映画では、なぜAV男優になったのかを聞いている。

多いのは「お金に魅かれて」。現在の相場は日当万2~6万円だという。ただ、「細マッチョ系男優の代表格」とされる黒田将稔さん(37)は、長時間の「立ち待ち」(勃起を待つ)で撮影をストップさせたときのことを、こう語っている。

「ギャラも1万から7千円に下げられて…」

それでも「売れっ子」になると、いくつもの作品に出演するので、高額を稼ぐ。『「AV男優」という職業』(水野スミレ著)によれば、年収が2600万円に達した男優もいたという。


a0293798_22334394.gifsource:AERA 2013.3.4号


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【Tags】:#AV男優、#AV男優 ギャラ、#AV男優 年収、#AV男優 生き方
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by amor1029 | 2013-03-04 10:56 | 映画・映画祭
700人以上のAV女優にインタビューした中村氏(ノンフィクション作家)に聞いた:1.なぜかわいい子がAVに出ようとするのか?…2.身元バレのわけ…5.AV女優は引退後の人生は?…詳細は本文を☆【キーワード】: AV女優, AV女優 失踪、AV女優 引退、名前のない女たち

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AV女優の身元バレのわけ

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きよみ玲(れい)
(source)


a0028694_9205259.gifAV女優の“身元バレ”はなぜ続出するのか?

AV女優のプライベートがネット上で暴かれる事件が立て続けに起きている。昨年初頭、人気AV女優・きよみ玲(れい)が所属していると思しき“某大学のゼミ写真”が晒(さら)されたほか、遠藤ななみ、柚木(ゆずき)まい、紗倉(さくら)まなといった女優たちも大学や勤め先の会社名が暴かれ、なかには本名が特定されたケースすらある。

これらの「特定しました」と書かれているネット上の情報を、女優やメーカー側が自ら認めたわけではない。しかし、このことが話題になったタイミングで、当該の女優がPR活動を自粛したり、時には引退にまで追い込まれているのは事実。デビュー作の発売直前に現役の京大生であることが暴露された柚木まいに至っては、発売自体が中止になった。

こうしたいわゆる「ネット晒し」は、これまでも芸能人やブロガー、時には素人相手にも“祭り”のようにたびたび起きており、決して珍しいことではない。しかし、なぜAV女優ばかりが立て続けに狙われるのか。ITジャーナリストの井上トシユキ氏はこう解析する。

「ある意味でAVはネットの『メインコンテンツ』のひとつ。なので、AV女優に対してもネット民は興味を持っています。誰かがネットに『会社の同僚にAV女優がいる』などとバラせば、そこにネット民たちが群がり、情報を収集しだす。そして、たちまち特定されてしまうのです。そんな“祭り”の情報を彼らは常に狙っていますから」

本人特定に至るパターンの多くは、プライベートの彼女たちが他人のブログやHPなどにたまたま登場しているところを発見されるのがほとんど。しかし、なかには自身のツイッターやブログでヒントになってしまう情報を自ら発信してしまった女のコもいる。実際、3月に“現役の高専生”と指摘された紗倉まなは、ツイッターの内容と学校のスケジュールがかぶっていることから特定された。

「俳優やアイドル、グラドルに比べてもSNSやブログなどを利用しているAV女優はたくさんいます。しかし、危機意識の薄いコが多いように感じますね。芸能人以上に身元などの細かな個人情報が漏れないように気を使わなければならないと思うのですが……」

「AV」というネット上で関心度が高いコンテンツに出ているものの、彼女たちの危機意識は芸能人よりも薄い。「ネット晒し」が原因で引退されては元も子もないので、情報管理にはくれぐれも気をつけて欲しいものだ。

a0293798_22334394.gifsource:shupla2012.3.13





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AV女優の引退後の人生

AV女優のレベルが異常に高くなっている、というのはよくいわれる話だが、『職業としてのAV女優』を読めば納得できる。この本によると、AV女優は「単体」「企画単体」「企画」の3つのランクに分けられているが、100人のAV女優志望者がいたら、だいたい70人は面接前にはじかれるらしい。そして、「企画」で採用されるのが10人ほど、「企画単体」は3、4人、「単体」は基本的にスカウトなどでないと見つからないとか。AV女優は圧倒的に供給過多で、普通の女性はAVにすら出られないというのだ。

そんな女性の中のエリートであるAV女優だが、やはり彼女らには相当のリスクがあるという。AV女優は引退後、どのような人生をたどるのか。ノンフィクション『名前のない女たち』シリーズなどで700人以上のAV女優にインタビューした中村氏に聞いた。


a0028694_9205259.gifなぜかわいいコがAVに出ようとするんでしょうか?

「AV女優になる理由は、生活費が足りないという場合から刺激欲しさまでさまざま。彼女らに、人前でセックスすることへの後ろめたさは希薄です。この10年で、社会全体が性に関して寛容になってきていることが大きいのでしょうね」


a0028694_9205259.gif一度AVに出たらセックスしている動画が出回って、ネットに画像も残るわけです。引退後も、仕事や結婚などの場面で大きな影響があるんじゃないかと思いますが、それでも女のコに躊躇はないんですか。

「プロダクションに登録しているAV女優は6000から8000人ほどで、そのうち4000から6000人が毎年入れ替わっているといわれています。それだけいたら、なかなかバレたりはしません。それに、美人でエロければ過去は問わない、なんて男は大勢いると思います。幸せな結婚をしてるコもいますよ」


a0028694_9205259.gifAV女優をやってたことはマイナスにはならない、と。

「ただし、この話はAV女優全体の3分の1の人に限ります。彼女らはAV女優をしている期間中は人生で特別な時期なんだという自覚があって、引退したら裸になることから足を洗います。ですが、『AV脳』に染まりきった3分の2は大変です」


a0028694_9205259.gifAV脳とは?

「楽して稼いだ経験を忘れられず、普通の仕事に就けなくなってしまうことです。引退後、女優の3分の2が性風俗やキャバクラに流れてしまうのですが、それはこのAV脳のまま、一般の感覚からずれたことに気づかないから起きてしまうのです

でも、これはどんな仕事をやっていてもそうですよね。雑誌のライターでも、これまでは3万円の原稿料もらっていたけど、売り上げが落ちたから5000円になると言われて、なかなか納得できない人がいる」

―笑えない展開になってきました(苦笑)。出版だけでなくどんな業種でも、今はデフレやグローバル化で労働者としての価値が下がっているケースが大半。それを冷静に見据えることができている人は少数派でしょう。これは非常に普遍的な話なのかもしれません。

AVに話を戻すと、女優にとって最大のリスクは、バレることではなくAV脳になってしまうことだということですね。AV脳のままの3分の2は、引退後、どうなってしまうのですか?

「往々にして、デリヘル、ソープ、裏風俗、個人売春と際限なく堕ちていってしまいます。こうしたリスクはバイト感覚でAV女優をやろうとしているコには見えづらい。性に対して寛容な人が多くなったといっても、やはりカラダを売る仕事。AVや風俗には関わらないほうが女性は幸せになれると私は思います」


a0293798_22334394.gifsource:shuplay2012.7.18

a0293798_22334394.gif中村淳彦(なかむら・あつひこ)1972年生まれ。ノンフィクション作家。高齢者デイサービスセンターを運営。著書に、企画系AV女優に取材したノンフィクション『名前のない女たち』シリーズ(宝島社)などがある。


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by amor1029 | 2012-12-13 15:30 | 映画・映画祭
伝説のAV女優 林由美香さんの自殺の真相を元恋人が明かす、死亡現場で第一発見者は平野勝之監督だった…詳細は記事を☆【キーワード】:林由美香 AV、 林由美香 自殺、平野勝之監督、AV女優

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072.gif 伝説のAV女優 072.gif
"林由美香"
自殺の真相を
元恋人がいま明かす

2011.8.8
excite

6年前の2005年6月26日、35歳の誕生日を翌日に控えた人気AV女優が謎の死を遂げた。新聞や週刊誌で「AV女優 謎の自殺」と報じられたことをまだ覚えている方はいるだろうか?

急逝したのは林由美香さん。200本を超えるAVに出演し、04年には第17回ピンク大賞を受賞、出演したピンク映画「たまもの」がライプツィヒ国際映画祭に招待されるなど、AVの垣根を跳び越えて活躍していた。今も大勢のファンを持つ伝説のAV女優だ。

これまで、林さんの死の真相は謎に包まれていた。その封印を解くドキュメンタリー映画「監督失格」が9月3日にロードショー公開される。監督は、林さんの元恋人で、死亡現場で第一発見者となった平野勝之監督だ。

96年、平野監督と林さんは北海道まで1カ月間の自転車旅行に出た。当時、林さんは恋人ができても4カ月以上続いたことがなかった。人を深く愛することができない彼女が平野監督に同行したのは、自分の寂しさを紛らわすためと、なんでも受け止めてくれる監督の優しさだった。

たどり着いた目的地の、北の果ての孤島でたがいに真っ裸になって踊るふたり。天真爛漫な喜びぶりを記録した映像はのちにAVや一般映画として公開もされた。

しかしあまりに違う性格が原因となり、心はやがてすれ違う。喧嘩しては罵り合い、結局はどちらかが泣いて謝る。傷をなめ合うようなふたりの姿は、東京に帰ってから自然に別れる運命を示唆していた。

別れから6年後、ある企画で再び林さんをテーマにドキュメンタリーを撮るという話が平野監督に舞い込んだ。彼女と別れて以来、作品を生み出すことができなかった平野監督は「ケリをつけなければ何もできない」と、意を決してコンタクトを取り、約束の日にマンションに会いに行った。しかしいくらチャイムを鳴らしても林さんは出ない。翌日も訪れた平野監督は異変を確信した。


a0028694_9205259.gif「由美香はこんなことで仕事に穴を開ける奴じゃない」

林さんの母親に来てもらい部屋に入った平野監督が第一発見者となる。その様子を、足元のカメラが無情にも黙々と記録していた。そのことで、平野監督は警察の疑念を招いた。「なぜカメラが用意され、撮影されていたのか。平野監督が死に関与しているのではないか」というのだ。

もちろん疑念はすぐに晴れるが、このこともあって、平野監督、林さんの母、弁護士との間で文書が交わされ、偶然撮られたそのフィルムは「公開禁止」と決まった。

時が過ぎ、母親の了承もあって、禁断のフィルムが公開されることになったが、それでも平野監督は、自分が林さんを忘れることが怖いために作品にして公開したくなかったという。「編集中、平野監督はひたすら泣いていた」と作品関係者は明かす。

かつての恋人を思う愛と映画監督としての思い。ふたつが交錯した、迫真のドキュメンタリーだ。





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自由という名の生き方
AV女優・林由美香 

2005.12.30
tohramiki

今年の六月に急逝したAV女優・林由美香について書き残しておく。 

彼女が亡くなった時には、asahi.comを始めとしたいくつかのネットニュース、紙媒体ではスポーツ紙が数紙報道した。さらにテレ朝『報道ステーション』の“その月に亡くなった方々”というようなコーナーでも紹介されたという。たいていの記事が「AV女優の林由美香さんが自宅で亡くなっているのが発見された。代表作に秀逸なドキュメンタリーとして知られる『由美香』*1(筆者注・監督=平野勝之)など」というような内容だった。

しかし、果たして林由美香はAV女優だったのだろうか? 試しに〈allcinema online〉というデータベースで「林由美香」を検索してみると70本近い出演作がズラリと並ぶ。ただしその中でアダルトビデオとして制作されたのはおそらく上記の『由美香』のみ。それ以外はすべてピンク映画またはオリジナルビデオ、一般にVシネマと呼ばれているものだ。さらにはNHK-BSで放映されたハイビジョンドラマ、岩松了・脚本、高橋陽一郎・監督の『日曜日は終わらない』(1991年)という作品もある。

林由美香は九〇年代の後半からその活動の場をAVからピンク映画にシフトしていた。それはアダルトビデオが基本的に若い新人の女の子を求めているのに比べ、ピンク映画にはある一定以上の演技力と存在感さえあれば多少トウの立った(という書き方も失礼な話だが)女優でも受け入れる懐の深さがあるからだ。そもそも前述の平野勝之による『由美香』は、そんなもうAV女優としての「売り」が微妙になった林由美香の単独作をどのようにしてリリースするか? というのがひとつの隠されたテーマになっている。

それはともかく林由美香は二十代後半から三十代を主にピンク映画女優として過ごした。特に、僕自身は未見だが、『たまもの』(監督・いまおかしんじ)や『ビター・スィート~Bitter Sweet』(監督・女池充。共に2004年)はピンク映画として制作されながら一般公開もされ評価は非常に高いと聞く。そのあたりの彼女の活躍については切通理作さん他、ピンク映画に造詣の深い批評家の方々がすでに書かれているし、またこれからも書き続けられるはずだ。ここではやはりAV女優・林由美香について書く他ない。しかし、それでも僕は林由美香をAV女優と呼ぶことに抵抗がある。いや、林由美香ほどAV女優らしいAV女優はいなかったのだが──。

1989年『お嬢様はしたない』(芳友舎、ミス・クリスティーヌ)でデビュー。AV女優・林由美香のプロフィールはこのように始まっている。

芳友舎、というのはメーカーの名前。ミス・クリスティーヌはレーベル名だ。監督はおそらく島村雪彦だろう。こう書くだけでAVに詳しい人ならだいたいどんな作品なのかが想像出来てしまう。アダルトビデオをほとんど観たことの無い人は、いかにもAVらしいAVを思い浮かべれば良いと思う。麦わら帽子をかぶったワンピース姿の美少女が草原で微笑んでいる、というようなイメージシーンがあって、爽やかな自然光の射し込む清潔感溢れるスタジオでの──初体験はいつ? 性感帯はどこ? とかいった、まあ、どうでもいい──インタビュー、そしてAV男優と呼ばれる不自然に色黒の男が出てきてセックスが始まる。そんな作品である。

林由美香はそのようにして我々の前に現れた。しかし彼女はその、そもそもの始まりからして他のAV女優達と違っていた。今、僕の手元には『ビデオ・ザ・ワールド』誌(白夜書房刊)89年12月号「ビデオ女優インタビュー」と題された記事のコピーがある。引用してみる。インタビュアーは本橋信宏。 


本橋:ビデオは本番が多いの?

016.gif由美香:うん。だって疑似本番って難しいでしょ、演技するっていうのが。本番の方が楽だもん。そうすればまわりもリラックスするし、感情移入しやすいでしょ?

本橋:珍しいよね。本番いやがる子が多いんだけど。

016.gif由美香:みんなそんなに本番やっていないんだ? へー、そうなの
〈後略〉


これには説明が必要だろう。「本番」とはビデオカメラの前で本当にセックスすることだ。そうじゃないことを「疑似」という。今でこそセル=インディーズと呼ばれるAVが現れてモザイク修正はずいぶん薄くなり、合法的なビデオでもペニスがヴァギナに出入りするところが判別出来るようになったが、89年当時のモザイクはまだ圧倒的に濃かった。だから男優と女優が腰を密着させてそれらしく動いていれば実際にその行為を行っていなくても、少なくとも一般の視聴者にバレることはなかった。

また八〇年代のAVというのは現在のそれよりも、違った意味でのアイドルビデオという側面があった。歌手やテレビタレントといった既成のアイドルにはもう一歩親近感を感じられない少年達が、裸まで見せてくれるAV女優に天使のような幻想を抱いたという意味である。

だけどそこにはもうひとつアンビバレントな感情もあり、それは「ボクの大好きな××ちゃんは、本当にはセックスはしていないのだ」という想いである。これは同時に制作者側やプロダクションサイドの人間が女の子をAVに口説く際にも有効に作用した。ゆえに「本番しないコ」イコール「AV女優としてのランクが高い」という図式も生まれる。現在よく言われる「単体女優」「企画女優」という棲み分けもココから始まった。要は単体女優=疑似でもOK、企画=本番するコ、という図式である。

これは89年あたりから始まり、90年に入るとほぼ確立された。そして九〇年代半ば、セルビデオが登場するに至り一気に値崩れを起こす。本番しないAV女優イコールAVアイドルという図式は成立しなくなったのだ。そういった意味で林由美香は大いなる先駆けであり、そもそもの最初から実に異質なAV女優として我々の前に現れたと言える。

何故そのような値崩れが起こったか? それは八〇年代のアダルトビデオというものが、良い意味でも悪い意味でもこの国の高度経済成長と共にあったからだ。高度経済成長とは何だろう? それは今日よりも明日の方が確実に豊かになる社会だ。サラリーマンは今年よりも来年の方が確実に給料は上がったし、終身雇用という制度ががっつりと生きていたのでリストラなんて心配する必要はなかった。

そういった社会においては、男は企業に受け入れられるように生きれば良かったし、女はより良い企業に受け入れられた男に受け入れられるのを目指せば良かった。従ってアダルトビデオにおいてもそのような社会に沿った女性像が求められた。つまりは天使のように優しく身体は与えてくれても、決して他の男とは本当にはセックスしてない女、である。

今ではもう多くの女性達がそんな男側の幻想に寄り添おうとはしない。何故ならそういう男を掴んだとしても、彼がいつ路頭に迷うかわからないからだ。そういった意味で林由美香は実に異質なAV女優であり、そのような社会の在り方に最初からごく自然に「NO!」と言っていた。それも「みんなそんなに本番やっていないんだ? へー、そうなの」と実にあっけらかんと。

1989年という時代を思い出して欲しい。バブルが絶頂まで膨れあがった時代だ。湾岸の巨大ディスコでは女達がボティコンシャスに身を包んで踊り、11月には坂本弁護士が拉致され、翌2月にはオウム真理教の信者達が衆院選に立候補した。アダルトビデオの世界では村西とおる率いるダイヤモンド映像が帝国のように君臨し、豊田薫を始めとした有名監督が破格のギャラで引き抜かれ、それに続けとばかりにアロックスという新興メーカーが鳴り物入りで参入する。しかし、ダイヤモンドもアロックスもそれからたった一年ばかりでまるで消滅するように倒産するのだ。

林由美香と同時代に活躍したAV女優達を思いつくままにあげてみよう。同年デビューが小沢奈美、樹まり子、沢木まりえ。翌90年になると星野ひかる、白石ひとみ、あいだもも。91年には飯島愛、朝岡美嶺──、まるで考古学的考察をしているようだ。

それに比べ林由美香の今日性はいったい何だろう? それは彼女が亡くなる直前まで現役を続けたからではない。アダルトビデオにとってバブルとは何だったか? それは忍び寄る崩落から眼を逸らし、走り続けた大いなる欺瞞の時代だった。とうの昔に幻想は剥げ落ちているにもかかわらず、業界はAV女優に無意味なシュガーコーティングをし続け、女優達は時代と寝ることだけを考えていた。そんな中で、林由美香だけはそもそもの最初から最後まで、林由美香であり続けた。

アダルトビデオの世界にある大いなる欺瞞──、それに最も早く気づいたのはカンパニー松尾、平野勝之といった当時まだ20代半ばだった若いAV監督達だった。特に盟友バクシーシ山下と共にその頃はまだ無名の小さな弱小メーカーに過ぎなかったV&Rプランニングに所属していた松尾にはあまりにも白々しく見えたはずだ。

そのあたりのことはバクシーシ山下の著作『セックス障害者たち』(幻冬舎アウトロー文庫)に詳しいが、AV業界の底辺たる当時のV&Rには、ビデオの中でセックスでもしない限り絶対に誰かの注目を浴びるはずのない女達が集まり、AVに出ない限りは一生セックス出来ないような特殊男優と呼ばれる男達がひしめいていた。

しかし、一歩外に出れば、飯島愛が自著『プラトニック・セックス』で書いているように、気のない疑似セックスをすればAVアイドルになり、彼女の出演作を多く手がけていたクリスタル映像というメーカーは莫大な利益を上げるという社会が歴然とあった。しかしそんなカンパニー松尾や平野勝之にしても、林由美香という「女優」に出会わなければ、そう言った「社会」に埋もれていたかもしれない。

今、僕は「女優」「社会」と書いた。それについて語ろう。男は社会的な動物で女は個的な生き物だと言われるが、林由美香ほど最初から最後まで時代や社会に我関せずと生きた女はいなかった。その姿は草原を駆け回るしなやかなケモノのようであり、あるいは飼い主に決して媚びを売らない美しい牝猫のようだ。

こうして今彼女がこの世界からいなくなってしまってつくづく思うのは、そんな林由美香という女の子の掴み所の無さだ。そう、林由美香は一度だって「社会」にとけ込もうとも、受け入れられようと媚びを売ることもしなった。林由美香は一度だって誰のものでもなかった。

一方、「女優」ということに関してはどうだろう? 先に書いたように彼女は二十代後半からはピンク映画の名バイプレイヤーとなっていた。でも、彼女自身がその「女優」という在り方にどういう意味を見出していたのかはやはりとても見えづらい。

この不幸な事故が無かったら、林由美香は数年後には「AV」や「ピンク」にとどまらないカルトな女優になっていたはずだ。それは彼女にかつて深く関わったカンパニー松尾や平野勝之がしばしば「AV」の枠を大きく踏み外してしまうことと同様に確実だったはずだ。だけど、林由美香が社会的な地位としての「女優」を目指していたかと言えば、やはりそこには大きな疑問が残る。彼女が何のために生きたのか? それは我々男がどう手を伸ばしても決して掴むことの出来ない「彼女らしさ」でしかなかったのだ。

そう考えていくと、カンパニー松尾に、平野勝之に対し、林由美香がまるで創作の女神のように存在した理由も自ずと見えてくる。『あぶない放課後』シリーズという童貞少年の淡い妄想のような学園ドラマを撮っていたカンパニー松尾は、林由美香という存在に出会った途端そういった自身の内面に向かう旅を一切やめる。そして由美香にもう一度逢いたいという衝動だけで撮影された作品『硬式ペナス』を、編集の段階で彼女へのラブレターへと作り替えてしまう。以降、松尾は由美香へ向かったあの衝動を追い求めるようにロードムーヴィーへと走っていった。

平野勝之はAV監督第一作で林由美香を主演に『由美香の発情期~レオタード・スキャンダル』という失敗作を撮ってしまったがために、いつかいっぱしのAV監督になり彼女と再会したいと傑作を発表し続けた。そしてその夢が叶ったとも言える北海道自転車旅行作『由美香』を撮り終えても尚、まるで由美香の幻影を追い続けるかのように次々北海道を舞台にした作品を作り続けた。

彼らは林由美香に何を求めていたのだろう? それは何度抱いてもどんなに強く抱きしめても、その手からスルリと逃げ出してしまうしなやかな感性だったに違いない。どんなに頑張っても俺の女にならない、俺の自由にならない、それが林由美香という生き方だった。だから男たちは旅に出続けるしかなかった、作品を撮り続け由美香に送り届けるしか方法はなかったのだ。ただしそうして舞い戻った時、彼女はまた違う自分らしさの元へと軽やかに去っていたのは間違いないのだが──。

林由美香が死んでも、僕はAVを観続けている。毎月毎月、イヤというほどアダルトビデオを観て、たくさんの女の子達がAV女優としてデビューするのを観る。彼女達は口を揃えたように言う。「エッチが好きなんです」「自分でもエッチな女の子だと思います」「AV女優に向いてると思うんです」と。そうやってAV女優になっていく。でもそれって本当か? AV女優という今や確立されている社会に対し、すり寄り媚びを売り、取り込まれているだけじゃないのか?

そう考えるから、僕は林由美香をAV女優と呼ぶことに抵抗がある。そして林由美香ほどAV女優らしいAV女優はいなかったと思うのだ。林由美香はそもそもの始まりから自分らしく生きようとした。そして、その先にAV女優という生き方がたまたまあっただけだ。少なくとも僕は、そんな女の子の生き方が好きだ。

最後に個人的な想い出を書いておく、と言っても僕は林由美香とそれほど親しかったわけではない。会った回数で言えば十回程度でしかなかったと思う。あんなに多くのAV女優にインタビューしたのにも関わらず、何故か林由美香には一度も仕事としてお話をうかがう機会は無かった。

だからというわけではないが、由美香ちゃんは最後まで僕が何者かわかっていなかったように思う。彼女にすれば「松尾くんや平野さんの集まりにはいつも来てる人」という程度の認識ではなかったか。そう、彼女は相手が監督だからライターだから編集者だからと態度を変える人ではなかった。林由美香にとっては誰もが「お友達」というおおらかなくくりでしかなかったはずだ。

最後に会ったのは2003年の9月。平野勝之が催した会だった。平野に第一子が誕生し、同じ時期にバクシーシ山下にも、また『由美香』の撮影日記でもある『自転車不倫野宿ツアー』(太田出版刊)の編集者・北尾修一氏にもお子さんが生まれお祝いをしようという会だった。偶然正面の席に座ったので「僕のこと憶えてますか?」と訊ねると、何故か怒ったようにあの可愛らしいポッペを膨らませて「知ってるわよッ」と言った。それが最後に交わした会話になった。

女の子に人気のあるコだった。業界の人、一般のファン問わず、若い女性が「由美香さん、可愛い!」と言った。それは何より彼女が一貫して「自分らしく」生きたからだろう。三十代になってからはいちだんとキレイになった。彼女のような丸顔のベビーフェイスな女の子が三十過ぎて美しさを増すというのは実はとても難しいはずだ。努力して内面から磨いていたのだろうと思う。

自分らしく自由に生きる──、それは同時に辛い生き方でもあったはずだ。よく泣くコだった。お酒を飲むとあの大きな瞳に涙をいっぱいためてポロポロと泣いた。そして松尾や平野、さらには彼女の最後の恋人であったキャプテン江原*3くんとの例をあげるまでもなく、恋人との関係が長く続かなかった。

それは彼女の誰にも媚びないという生き方ゆえではあったのだが、そのことが「つらい」「寂しい」と最後まで周囲の親しい人にもらしていたという。だけど、最近は『由美香』にあったような、あの自分を痛めつけるようなお酒の飲み方もしなくなったと聞いていた。村上春樹の小説風に言うと、危険なカープは曲がり切ったはずだった。後は、「いくつになっても可憐な人」と呼ばれる美しい人生があるはずだった。

儚い人生だったとは思わない。しなやかで自由な青春だった。気高く誇り高い生き方だった。由美香ちゃん、さようなら。


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林由美香
(はやしゆみか)
別名: 小栗 由美香(本名)松中 由美香
生年月日: 1970年6月27日
没年月日: 2005年6月26日
没年齢: 34歳(数え36)
出身地: 日本・東京都
血液型: B型
公称サイズ(2002時点)
身長 / 体重: 157 cm / ― kg
スリーサイズ: 84 - 63 - 87 cm
ブラのサイズ: B75


a0028694_9205259.gif経歴

東京都生まれ。母親は有名ラーメン店(野方ホープ)を経営。1989年5月、小栗由美香名義で出演したカラミなしのアダルトビデオ『ドクドクどっきん身体検査』でデビュー、翌6月に林由美香名義の『しがみつく18歳 お嬢様はしたない』で本格デビューした。正統派美少女のルックスを持ちながらもハードプレイを次々とこなすというアンバランスさでたちまち人気を博した。1990年の『ラスト尿』を最後に親バレのためいったん引退するが、1992年に代々木忠監督の『性感Xテクニック特別版 林由美香VS代々木忠』で復活。その後も主役・脇役を問わず数多くのアダルトビデオに出演し、最終的にその数は200本を超えるとされる。また、1989年の『貝如花 獲物』を初めとしてピンク映画にも数多く出演。コメディからシリアスなものまでしっかり演じることができる女優として、低迷するピンク映画界を支え続けた。

1994年9月、井上あんり(党首)や五十嵐いずみ(幹事長)、有希蘭ら現役AV女優20名を含む80名と共に、1995年参院選出馬を目指し「AV新党」を結党するが、1995年の参院選には不出馬、AV新党の活動は立ち消えとなった。

1997年のアダルトビデオ作品『東京〜礼文島41日間ツーリングドキュメント わくわく不倫旅行』は、実際に不倫関係にあった平野勝之監督とともに東京から北海道まで自転車旅行した記録をもとにしたドキュメンタリーであるが、『由美香』のタイトルで劇場公開され、話題となった。また、2004年に主演したピンク映画『熟女・発情 タマしゃぶり』(いまおかしんじ監督)では、年下の彼氏に熱を上げる熟女を好演。その後、作品は『たまもの』と改題の上、東京都渋谷区にある映画館「ユーロスペース」で一般公開され、DVDも発売された。さらに、圧倒的な投票数により2004年第17回ピンク大賞の女優賞を受賞、ドイツのライプツィヒ国際映画祭にも招待されるなど、林の代表作となった。

2005年6月28日、自宅で亡くなっているのが発見された。警察発表によれば、死因は事件性・事故性のない自然死で、死亡推定時刻は誕生日1日前の6月26日22時とされている。一部報道では自殺説や薬と酒による窒息死説が出ていたが、詳細な死因は未公表である。直前に主演作として撮り終えていた、長年の親友である吉行由実監督のピンク映画『ミスピーチ 巨乳は桃の甘み』が遺作となった。(wikipedia)



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by amor1029 | 2011-08-09 11:06 | 映画・映画祭
★カンヌ映画祭、ヒトラー共感発言のトリアー監督追放!! ⇒19日、「ダンサー・イン・ザ・ダーク」で2000年に最高賞パルムドールを受賞したデンマークのラース・フォン・トリアー監督を、今回の映画祭から事実上追放する声明を発表した。同監督が、18日の公式記者会見でヒトラーに共感を示す発言をしたため・・・続きは「知識の泉 Haru's トリビア」(http://amor1029.exblog.jp ) で読んでね!/ラース・フォン・トリアー, カンヌ国際映画祭 パルム・ドール, カンヌ国際映画祭 審査員特別グランプリ, カンヌ国際映画祭 審査員賞, カンヌ国際映画祭 監督賞, カンヌ国際映画祭 男優賞, カンヌ国際映画祭 女優賞, カンヌ国際映画祭 脚本賞, カンヌ国際映画祭 カメラ・ドール(新人監督賞)


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カンヌ映画祭
ヒトラー共感発言の
トリアー監督追放!!

2011.5.20
goo


第64回カンヌ国際映画祭事務局は現地時間19日、コンペティション部門に映画『Melancholia(原題) / メランコリア』で参加しているデンマークのラース・フォン・トリアー監督を追放したことを発表した。


トリアー監督は現地時間18日の同作品公式記者会見において、劇中でドイツの作曲家ワーグナーの曲を使用している理由を語っている最中、「自分は少しヒトラーにシンパシーを感じる」と語り始めた。


それに対して記者たちが、またいつもの暴言が始まったと笑っていると、トリアーは「OK. おれをナチと呼んでもいいよ」と発言。さらに、ユダヤ人が建国したイスラエルに対して「ケツの痛み」と表現し、いらつかせる問題だと火に油を注いだ。


会見中は皆、ジョークだと笑い飛ばしていたが、映画祭側はこの発言を問題視し、フォン・トリアー監督に謝罪を要求。フォン・トリアー監督もこの要求を受け入れて謝罪をしたが、映画祭理事会は翌日になり、「好ましからぬ人物」として事実上の追放を発表した。


 これにより、フォン・トリアー監督は映画祭の会場に入ることすら許されないが、コンペティションの対象にはなるという。22日の発表でロバート・デ・ニーロ審査委員長をはじめとするメンバーがどんな決断を下すのか注目される。




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本名 Lars Trier
生年月日 1956年4月30日(55歳)
出生地 コペンハーゲン
国籍 デンマーク
配偶者 Cæcilia Holbek (div.1996)
Bente Frøge (1997-)


ラース・フォン・トリアー(Lars von Trier, 本名はラース・トリアー、Lars Trier, 1956年4月30日 - )は、デンマークの映画監督。コペンハーゲン出身。ドグマ95という映画の方法論に大きく関与しているが、その他にも様々なスタイルの映画で知られ、1980年代以降デンマークの映画界に対する他国の関心を高めた中心人物だと見なされている。


1991年に『ヨーロッパ』で第24回シッチェス・カタロニア国際映画祭グランプリを獲得。また、カンヌ国際映画祭に於いて1996年に『奇跡の海』でグランプリを、2000年に『ダンサー・イン・ザ・ダーク』でパルムドールを受賞した。


恐怖症

トリアーは飛行機恐怖症など様々な種類の恐怖症を抱えており、「基本的に人生におけるすべてが怖い。映画作りだけは違うけれど」とも語っている。


空路による移動ができないため彼の映画作りは大きな制約をうけ、今までの映画のほとんどは、アメリカ合衆国など外国を舞台にしている場合でもデンマークかスウェーデンで製作されるはめになっている。


トリアーの映画のほとんどを上映しているカンヌ国際映画祭授賞式にもデンマークからフランスまで陸路自動車で出かけている。トリアーは何度も散発的な鬱に悩まされて仕事や社会関係に支障をきたしていると語っている。2007年の後半から2009年の始めにかけての鬱病による休業は大きく報道された。


特徴的な手法

トリアーは「映画は靴の中の小石でなければならない」と語っており、独創的なものを作り上げるために映画監督が成すべきこととして、しばしば映画作りの工程に制約を設ける形で、他と異なったスタイルを用いるようにしなければならないということを主張している。


有名なのは映画における「純潔の誓い」ともいうべきドグマ95である。(トリアーはこの運動に深く関わっていたにもかかわらず、彼の映画で完全にドグマ95に従って作られているのは『イディオッツ』だけだが。)


ほかにも、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』では「現実」のシーンと「夢」のミュージカルシーンとの間で劇的な効果を伴った配色の違いやカメラ技術の違いが設けられているし、『ドッグヴィル』では、録音ステージの床に書かれた線で表現された壁もないセット上の町ですべてが撮影されている。
トリアーはしばしばデジタル撮影技術を取り入れてカメラを自分自身で操作し、テイク間の停止を設けずに連続的に役者の演技を撮る撮影スタイルを行っている。


また、『ドッグヴィル』ではメソッド演技論に基づき役者達に何時間ものあいだ役になりきらせて撮影を行っている。これらの方法は、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』のビョークをはじめ役者達に大きなストレスを与えることにもなる。


また、トリアーはウド・キアー、ジャン=マルク・バール、ステラン・スカルスガルドら何人かの役
者達を何度も繰り返し起用している。


トリアーはカール・テオドア・ドライヤー、とくに The Night Porter から大きな影響を受けている。他にトリアーに影響を与えたものとして、The Five Obstructions の中で5度にわたりリメイクされたJørgen Lethの短編映画 The Perfect Human がある。(wikipedia)



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by amor1029 | 2011-05-24 08:12 | 映画・映画祭
★映画監督 宮崎駿「iPadは自慰行為そのもの」 「iナントカじゃ大切なものは手に入らない」iPadを使っている人は新製品にとびついて得意になっているだけの「自慰行為」そのもので嫌悪感すら覚える。誰もがiPadで入手できる程度の情報はたいしたものじゃない、というのだ。/ 宮崎 駿, 宮崎 駿 最新 作, 宮崎 駿 作品, 宮崎 駿 金魚 姫, 宮崎 駿 新作, 宮崎 駿 dvd, プロフェッショナル 宮崎 駿, 宮崎 駿 雑 想 ノート, 宮崎 駿 アトリエ, ジブリ 宮崎 駿


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宮崎駿氏「iPadは自慰行為そのもの」
「iナントカじゃ大切な物は手に入らない」

2010.7.13
livedoornews


映画監督の宮崎駿さんが、アップルのタブレット型端末iPadにダメ出しをしたとネットで話題になっている。iPadを使っている人は新製品にとびついて得意になっているだけの「自慰行為」そのもので嫌悪感すら覚える。誰もがiPadで入手できる程度の情報はたいしたものじゃない、というのだ。


宮崎さんのこの発言はスタジオジブリが発行しているフリーマガジン「熱風」(2010年7月発行)の7号に掲載されている。同誌の編集部が宮崎さんにインタビューをし、それを元に宮崎さん自身が新たに書き起こしたものだ。


仕事で使うものは鉛筆と紙で充分。 宮崎さんはインタビューでiPadに何の関心も感動も持てない。人がそれを触っている様は気色悪いだけで嫌悪すら感じる、とし「その内に電車の中でその妙な手つきで自慰行為のようにさすっている人間が増えるんでしょうね」と話した。


質問者がiPadは欲しい情報が居ながらにして手に入るなど、先進技術や利便性を説明すると、
「あのね、誰でも手に入るものは、たいしたものじゃないという事なんです。本当に大切なものは、iナントカじゃ手に入らないんです」と切り捨てた。宮崎さんは仕事で使うものは鉛筆と紙、わずかな絵具があれば充分だという。


宮崎さんはiPadで得られない大切な情報として、「安宅(あたけ)型軍船」を挙げた。欲しい情報はこの軍船の漕座の雰囲気や、漕手の生活や心理状態。こうしたことはiPadを使っても探し出すのは不可能。「安宅型軍船」の情報は、様々な記録から自分で推測するしかないし、大切な情報は自分でその場に出かけていって想像力を注ぎ込んで初めて得られるものだという。


説教臭いのは年寄りの特徴? iPadをありがたがっている人達は、1960年代に大きなラジカセを買ってどこへ行くのにも誇らしげに持ち歩いた人たちと同じで、新製品を手に入れると得意になるただの消費者だとしている。そして宮崎さんは最後に、「あなたは消費者になってはいけない。生産するものになりなさい」という言葉で結んでいる。


ITジャーナリストの佐々木俊尚さんはこの記事についてツイッターで、宮崎さんの今回のインタビューは強烈な内容で、これを掲載した「熱風」編集部は凄い、とし、「あなたは消費者になってはいけない。生産するものになりなさい」の言葉には共鳴したとつぶやいている。一方で、「iPadが消費しかできないデバイスかどうかは別問題だけどね」と疑問を投げ掛けた。ネットの掲示板やブログでも相当な話題になっていて、「一理ある言葉だがiPadで幸福感に浸っている人にわざわざ言わんでもいいこと。


説教臭く口にしてしまうのは年寄りの特徴」「文明の否定ではなく、生きる事が物主体で道具に使われ、あなた方は死んでいますよ!(精神的な意味で)生き返りなさい、と(宮崎さんに)言われているんだよ」「(アルプスの少女)ハイジ描くためにわざわざスイスの山に登ってヤギの鈴の音を録音していた人だ。言い分も理解できるさ」などの書き込みが出ている。


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by amor1029 | 2010-10-15 02:05 | 映画・映画祭