「アリとキリギリス」の話は、本当は「アリとセミ」の話だった!
2004年 07月 17日
どうやら、明治期、この童話が日本に入って来た時に、セミ、Cicadaと、キリギリスLocustとが誤訳されてしまったからなのです。その後、一部は「アリとセミ」として正しく書き直され、明治の国語教科書には「アリとセミ」と「アリとキリギリス」の2種があったのです。(今では「アリとキリギリス」の話だけになってしまっていますが)
しかし、セミとキリギリスではその生涯に違いがある、セミの生涯は実にはかない、7年もの間、土の中で幼虫時代を過ごし、地上に上がり成虫となるのだか、成虫になれるのは約300個の卵の極一部だけ、その上、地上での寿命はたったの2週間しかない。ほっとする間はなく子孫を残す使命のため、雌に求愛曲を奏で続けるのだ。しかし25度以上日が5日続かないとその曲を奏でることすらできず、その短き生涯が終えてしまうこともある。
なぜ「アリとセミ」の話であったのか?あの話の原点は怠惰・浅慮への警告であるのに、セミ生涯から怠惰・浅慮をどう表現できると言うのだろうか?
その上、日本版には別にもう一つ独自の改変がある、あの「親切なアリはキリギリスに食べ物をわけてあげました」の一文は原典にはないのです。話に温情を加えて、怠惰・浅慮への警告が薄めるようにしたとも言われています。これが「アリとキリギリス」の裏話なのです。
(*^・ェ・)ノアリとセミのイソップ原本を読んでみたいですね。
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