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by amor1029
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★米・同時多発テロ~2001年9月11日~あの日あの時

★【【3記事+写真あり】】:「米・同時多発テロ~2001年9月11日~あの日あの時」、全身を炎に焼かれながらビルから脱出し奇跡の生還を遂げた、ローレン・マニングさん・・・詳細は「知識の泉 Haru's トリビア」をご覧下さい!!/キーワード:キーワード:アメリカ同時多発テロ, ジョージ・ブッシュ大統領, ウサマ・ビンラディン, アルカイダ, ワールドトレードセンター


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9・11の炎に焼かれて
死と戦ったあの日 

2011.9.9
reuters

2001年9月11日、ニューヨークの世界貿易センター(WTC)にいた私は炎に包まれ、焼け付くような痛みに耐えながら、自分の身に起きていることが現実ではないことを願っていた。

頭から爪の先まで全身を炎に焼かれ、苦痛の中にいた。顔は覆い隠していたが、力ない声しか出せず、助けを呼ぶこともできなかった。酸素が薄くなっていくのを感じた。まるで防音室にいるかのように、叫び声も、炎のとどろきも、ガラスが割れる音もとても遠くに聞こえた。空間に取り残されたような気がした。

それから、私はどうにか逃げようとしてドアの方へと向かったが、頭のうしろに何かがぶつかった。一瞬、ガラスに押し付けられ、炎の渦の中へと後ろ向きに引き戻された。全身を炎に包まれる中、外へと続くドアまでたどり着こうと必死に前に進んだ。すると突然、歩道に出ることができた。

火だるまになった私は、煙のせいで息をするのもままならなかった。コンクリートと舗道しか目に入らなかったが、ワールド・フィナンシャル・センター前のウエストストリートの反対側には細い芝生のスペースがあることを知っていた。体の火を消すにはそこに行くしかなく、鉄の意志をもってそれを実行しなければ、私はもう終わりだと確信した。芝生に到達することに、持てる力をすべて集中させた。

芝生に到達すると、私は倒れ込んだ。ある男性が私に向かって走ってくるのが分かった。彼は自分のジャケットで、私の体の火を消そうとしてくれた。少なくともほかに3―4人が芝生に逃げてきた。最初は皆、叫んでいたが、そのうち静かになり、動かなくなった。タワーからさらに人が逃げ出てくるのが見えたが、皆ショックのあまりぼう然としたり、恐怖で叫んだりしていた。

周囲は物が落下する音、消防車や救急車のサイレンの音、ガラスが割れる音などさまざまな音にあふれていたが、私は痛みのせいか、すべてが遠く、はっきりとは聞こえなかった。激突されたWTCのタワーワンからは黒煙がたなびいて青空に線を引き、それはまるで深くて長い傷痕のようだった。空高く刻まれたその傷痕を作った力が、地上のロビーで私を飲み込んだ炎をも作ったということが、私にはとても不思議に思えた。

私は痛みから解放されたい一心で、死にたいという衝動が大きくなるばかりだった。しかし、死の淵へと私をいざなうその誘惑を断ち切らなければいけないことは分かっていた。目を閉じると、息子の顔が浮かんだ。息子のもとへ戻るためには何でもしなくてはと思った。それが、最後の力を振り絞って生きるために戦おうと思った瞬間だった。

*このコラムは、2001年9月11日にニューヨーク市の世界貿易センター(WTC)ビルで米同時多発攻撃に遭い、生還したローレン・マニング氏の著作「Unmeasured Strength(原題)」からの抜粋・抄訳です。








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【米同時テロ・10年の断面】
「9・11」語り続ける 
爆心地の語り部・ホッジスさん

2011.9.11
nishinippon

米中枢同時テロから11日で10年。「あの日」から始まった闘い、苦悩、そして喪失。米国で、世界で、9・11に巻き込まれたそれぞれの「断面」をつなぐシリーズの最後は、10年の区切りに新たな始まりを誓う2人を、米ニューヨークで追う。

あの日、マリア・マローン・ホッジスさん(60)はいつもの地下鉄で世界貿易センター(WTC)ビルに向かった。職場は北棟の66階。電車がWTCの真下にある駅に滑り込み、エレベーターに乗ると突然、猛烈な勢いで白い煙が上から吹き下ろしてきた。

「煙で視界が遮られ、息苦しく、みんながせき込み始めた。警官が『逃げろ、逃げろ』と叫んだ。地下にいた約千人がパニック状態になり、とにかくビルから出るため階段やエレベーターで地上へとなだれ込んだ」

午前8時46分、WTC北棟に1機目のアメリカン航空11便が激突。ホッジスさんがWTCに着いたのは直後とみられるが、当時は何が起きているのか分からなかった。

やっとの思いで地上に出ると、「白いもの」が上から次々と降り落ち、当たった人の頭から血が流れた。近くの教会に逃げ込むと、「金属を切り裂くようなごう音」がして、ホッジスさんも周りの人たちも吹き飛ばされた。同9時3分、南棟にユナイテッド航空175便が激突した瞬間だ。

同59分、南棟が崩壊。10時28分には、職場があった北棟も目の前で崩れ落ちた。「起きている現実を信じられなかった。すべてのものが炎に包まれ、息苦しく、熱かった。あの瞬間は、生涯忘れない」

これが、私が体験した9・11当日の出来事です-。ホッジスさんが約1時間半の語りを終えると、聞き入っていた約20人はみな無言のまま、再開発のつち音が響くWTC跡地のグラウンド・ゼロ(爆心地)を見詰めた。

ホッジスさんは、遺族団体「9・11家族会」が爆心地で実施する現場ツアーの語り部ボランティアの一人。2006年の開始から、ツアー参加者は140万人。ホッジスさんの語り部活動も200回を超えた。

自分が生きているのは偶然だと思う。あの日朝、足の調子が悪く靴店に寄り、出勤が少し遅くなった。同僚2人は66階から地下の駅まで逃げたところでビルが崩壊。遺体は12月と翌年2月に確認された。

語り部となったのは、生き残った者の責任と考えるからだ。「10年が過ぎたが、火と煙に包まれたあの日の記憶は鮮明だ。話すことで世界中の人に伝わり、私も癒やされる。私は、ずっと語り続ける」



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a0028694_9205259.gif身元捜し続ける NY市検視官事務所の石井さん

あの日、ニューヨーク市検視官事務所の石井朝子さん(53)は、テロ直後のグラウンド・ゼロ(爆心地)に駆け付けた。犯罪捜査でDNA鑑定を担当する法医学者。修羅場と化した現場近くの遺体安置所で、12時間交代で身元の確認作業に当たった。

「最初の1週間は人の姿をした遺体があった。2週目からは、ほとんどが骨になった」。元の姿をとどめない犠牲者たち。来る日も来る日も、「あなたは誰」という問いを胸に、DNA鑑定の手掛かりとなる部位を集め続けた。

 爆心地での犠牲者は2753人。病院で死亡した3人を除く1629人の遺体は確認されたが、1121人は今なお未確認のままだ。

爆心地に近いマンハッタン南部(ロウアー・マンハッタン)。通称、「病院街」と呼ばれる人通りの少ないビル街の一角に、白い巨大なテントがある。ここに、爆心地のがれきから集められた身元不明者の約2万1千の骨片や皮膚、筋肉などが保存されている。

石井さんは今、同検視官事務所の法医学者5人による「9・11専属チーム」の一員として、そこからDNAを検出し、データ化。遺族から提供されたDNAと照合し、身元を特定する任務に当たっている。

横浜生まれ。生物学を学ぶため1991年に渡米し、99年から同検視官事務所で働く。「DNA鑑定の技術は10年前に比べ飛躍的に向上した。当時は鑑定が不可能だった米粒の2、3倍ほどの骨片も、今では可能になった」

2万1千の遺留物のうち、鑑定不能とされていた9千の再検査が2年前から始まった。月に400のペースで鑑定し、残る遺留物は6千。今年に入っても3月と8月に2人の遺体が特定された。

「私は、感情を切り離して遺体と向き合う専門家。9・11も、3千人の殺人事件と思って作業に当たっている」。石井さんはこう前置きした後、「しかし、10年前の遺体安置所の様子が脳裏に焼きつき、感情を切り離すのは難しい。遺体を待つ家族がいる限り、DNAを捜し続ける」。静かに、そう決意を語った。






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多感な時期に
テロ経験した米国人 
ビンラディン殺害で“解放”

2011.5.19
女性セブン
2011年6月2日号

9.11テロから10年が経った今年、テロの首謀者とされるオサマ・ビンラディン容疑者を米軍が殺害した。オバマ大統領は「正義は遂行された」と誇らしげに語り、アメリカ国民たちは「USA!」と歓喜に沸いた――

首都・ワシントンから発信するウェブニュースで全米に読者を持つ女性ジャーナリスト、コートニー・メッシャーシュミットさんは興奮を抑えられない様子で自らのコラムにこう書いている。

「ビンラディンが死んだと聞いて飛び上がって喜んだわ。これは私たちにとってすばらしいモラル・ビクトリー(モラルの勝利)。善は悪に打ち勝つことを証明してくれたのよ。アメリカ合衆国は本当にマジカル・ネーション(すべてを可能にする魔法の国)だわ」

コートニーさんは11才で9.11を経験。こうした若い世代が、とりわけ熱狂的にビンラディン容疑者殺害を支持している。アメリカ在住のコラムニスト・町山智浩さんがいう。

「アメリカの大学生の動向を研究する団体が、“ビンラディン殺害の日に、ホワイトハウスなどで歓喜した人たちは誰だったんだろう?”と追跡調査したんですね。すると、ほぼ100%が各地の大学生でした。白人率が高く、年齢は20代前半。テロのときに12才ぐらいだった若者たちです」

その調査では、「なぜ、あなたは喜ぶのか?」という質問もした。代表的な答えは次のようなものだった。

「物心ついたときからずっと対テロ戦争が続いていた。すごく陰惨でつらい気持ちだった。やっと息ができる気がした」

この年代の若者は「9.11世代」といわれる。『アメリカなう。』(小学館刊)の著者でアメリカ在住の元毎日新聞記者・小国綾子さんが解説する。

「9.11世代の若者はちょうど小学校高学年くらいの多感な時期にテロに遭遇し、アメリカがアフガニスタンやイラクを相手にした対テロ戦争とともに青春を過ごしました。“ビンラディンの死”でそういう重苦しさから自由になれた気がして、若者たちは歓喜に沸いたのでしょう」





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by amor1029 | 2011-09-12 04:49 | 9.11米同時多発テロ